一般事務員


二人の子供を連れて日本に帰国した後も、ゆっくりしているわけにはいきません。
取りあえず、子供を保育園に預け、パートの事務の仕事で食べていくことにしました。扶養手当とパートの給料で何とか食べていけました。
でも、これからどんどん子供たちにお金がかかることを考え、正社員として働こうと思い、二人の子供が小学校に入学してから、正社員として一般事務の仕事に就きました。

まだパソコンが普及していない時代でしたから、計算機とコピー機、ファックス機だけが事務職の必需品でした。もともと事務は向いていたのかもしれません。銀行での研修期間に、臨機応変の処理能力なるものを身に付けていたので、けっこう物事を素早く処理する力はあったのでしょう。

その後、事務員として様々な業種の会社で働いてきましたが、どこでも、ポンコツ社員扱いをされた記憶がありません。ただ、自分の方から辞めたくなり、景気の良さに翻弄された適職探しでも書きましたが、次の仕事がすぐ見つかる時代でしたから次から次へと転職を繰り返すことになってしまいました。それができた時代と言えがカッコ良いかもしれませんが、結局、自分の事が分からなかったことが原因だったのです。

沢山の企業さんにお世話になり、またご迷惑をかけることになってしまったようです。
でも、それでも、事務職で食べていく気にはなれませんでした。しばらくは子供たちの学費や生活費のために正社員で事務職を続けるしか仕方がなかったのでした。

何か、その何かが分かれば・・・自分の事が世の中で一番わからないものです。
青い鳥を追いかけているのだろうか・・・とも思ってみたのですが、いや違う、何かがあると信じていました。

そして、その何かが自力ではわからないと思ったので、ついに、他力をあてにしてしまうことになるのです。